
essay 鮮 piece 7 「なるようにしかならないか」
季節がひとつ進んだが、秋と春が短く夏と冬が長くなり、四季ではなく二季になってしまうとか。地球が変わっていくようだが、なるようにしかならないのだろうか。
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季節がひとつ進んだが、秋と春が短く夏と冬が長くなり、四季ではなく二季になってしまうとか。地球が変わっていくようだが、なるようにしかならないのだろうか。
暑い夏でした。することなすことすべてがおもしろくなくなる暑さで、年々の気温上昇のべき乗で酷暑を感じます。しかし、四季があり秋の香りが何となくしてきて、いろいろ思いめぐらせるようになり、お腹も減ってきました。
akiramaの日々のいろいろなエッセイ 雨降りは気圧が下がり鬱になりそうで嫌い。この梅雨が明けると盛夏になり、鬱だなんて言えない暑さに見舞われる。長年の紙の新聞をやめwebで読むようにしたら、奥が深くなった。
akiramaの日々のいろいろなエッセイ 身体が暖か果くなってほぐれたようで、頭も動き始めた。すると、身近にあった無駄に目が行くようになり、まずは携帯電話の契約を替えた。次は何に手を付けるか。
akiramaの日々のいろいろなエッセイ 大寒の寒波は寒く縮みあがったが、同じように寒いながらも立春を迎えると、もう少し耐えれば春が来るんだという気持ちが出て、わずかにうれしさを感じる……が、まだ湯豆腐がうまい。
akiramaの日々のエッセイ2回目 新年を迎えて、前頭葉の動きを止めないようにとmid60はちょこまか動いた。しかし、寒がりにはこの季節は大敵だ。しかし、自然は徐々に春を近づけてくるのがわかるようだ。
akiramaの日々のいろいろなエッセイ「鮮」身の回りで起きたことや最近の動向などを気ままに、これまでとは内容をこだわらずに書きます。腰の強打から回復して動けるようになった年の瀬です。
暑さ寒さも彼岸までとは言ったものだ。中秋の名月は暑かったものの、彼岸過ぎて空気が変わった気分になれた。収穫前の稲と彼岸花秋の景観を見ることができ、さて次はどこへ行こうかである。
真夏に暑いと連呼しながらも冬になるのが嫌だった。それが、冬は着ぶくれすればいいかななんてついに思うようになった。年なんだが、過去2番目の暑い夏だったそうで、地球の温暖化もついに身近に来た。やっと秋だ。
梅雨明けした7月になったら、すっきりしない梅雨空なような蒸し暑い日々が続いた。蝉が大合唱を始めると真夏の暑さになり外気温は35℃まで上がり、炎天下にいるとめまいがする。真夏だ。
紫陽花とカタツムリを見るまもなく梅雨が過ぎ去った。花を見るのは晴天に限るが、紫陽花だけは雨降りが似合い、晴天に見ても美しさを感じることは少ないだろう。四季が何か変わった。でも、そのおかげでおいしい干しものができた。
皐月。もう初夏の一か月が過ぎました。程よい暑さで寒さを感じず、過ごしやすく、木々は、新緑を目に鮮やかに見せてくれる好きな季節です。寒気と暖気の入れ替わる梅雨の前の爽やかな日々です。
akiramaエッセイ 4月は春うららかと思うと花冷え、後半は夏の暑さを垣間見るような、寒気と暖気の衝突で意外に天候が安定しないのが春の天気。それでも暖かくなっていろんなことを考え始める時期です
akiramaの日々のいろいろなエッセイ 3月の異名は、弥生。さらに、花見月や桜月とも言われるそうだがピンと来ず、桜は4月が似合いだ。中旬に暖かい日もあったが、なかなかどうして寒さは根強かった。
梅が咲いた。梅見月とは言い得たもので、濃淡の梅色がきれいに咲き、もうすぐに暖かくなるぞと教えてくれる。自然は、カレンダーなど持っているわけではないが、必ず毎年2月には2月の花が咲く。もうすぐ春だ。