エッセイ「新しい年が始まった初春睦月 1月のいろいろ」

 akiramaの日々のいろいろなエッセイ

新年を迎える正月。

何もかもが何かが違う正月だった。コロナ禍で誰も家に来なく、寒さがそれ以上に感じる新年を迎えた。それでも、初日の出は、雲の中からニョロッと出てきた太陽の光は輝いていたので、このつまらない世の中も明るくなるだろうが、どうにも先が見えないゴールに向かって走っているもので、どうにもやるせない。

日の出を見てから毎年行く地元の神社に初詣。手水舎に水はなく、ひしゃくもない。賽銭箱上の鈴を鳴らす「鈴緒」もない。こうなると、境内に色合いがなくなり、見えるものはモノトーンだ。この神社、三が日はお神酒の升酒を頂ける。参拝のあと、樽の横にお賽銭を置き、升で頂く。一合升を家内安全商売繁盛を唱えながらグイッと飲み上げる。もう一杯味わいながらグイッと飲み上げると、無事に新年を迎えられた喜びがあったが、今年は勿論ながらお神酒は消えた。

byPixabay japanese-food-1119209

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家に戻り、冷え込んだ体を温めたく、お神酒もどきを頂く。誰も来ない正月だが、食べものだけはいろいろと買った。しかし、これが良くない。巣籠の正月だからと、身体によろしくないものがたくさんある。その最たるものは、魚卵の類だ。数の子、たらこ、いくらで、さらに塩分豊富な肉製品まで、頂く暑い雑煮には炭水化物の餅がたっぷりといろいろと危険が多い。

byPixabay caviar-sandwich-1695360

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初日の出は、最初はまぶしくもなく、いくらのような太陽が見えるのだが、今年はその部分は雲の中だったので、肴のいくらをしっかりと食べて見えなかった日の出の瞬間を想った。

肴に事欠かない正月だ。まあ、正月三が日は私の誕生日もあるので、しっかりと食べた。胃の負担は大きく想像通りで、昔の人が考えた後日の「七草がゆ」は、たいしたもんだ。

byPixabay cat-4977436

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その誕生日で、困ったことで高齢者の仲間入りになった。老人入門なのだろう。衰えは既に見えていて、とにかくミスが多くなる。三つのことをしようとすると、ひとつは忘れてしまい「なんだっけ?」、もうひとつは、ミスをする。だから、三つのうちひとつしかできずにやり直しもあったりだから、二倍どころか三倍も時間がかかる。

このサイトもそうで、ホームページの修復でも時間がかかる。文章を作るのは、それほどに年を感じることはないが、サイトメンテナンスは日々苦手になってくる。機械いじりのレストア作業をしているが、予定の三倍の時間を必要としていて遅々としているのは、やはり衰えだ。

老人は背丈が縮むのを知らなかった。先日、健康診断で身長が173cmだと言われた。174cmあったはずだけどと聞くと、軟骨などがすり減り目減りするそうだ。ソフトだけでなく、ハードまで高齢化が生じている。と、なると、後期高齢者と言われる75才までの10年が、ひと踏ん張りどころと思うようになった。自動車の運転免許証も返納しないと若いもの心配させるし、世の中に迷惑をかけたくない。まず、10年を何をするかだが、三倍時間がかかるから3年サイクルだ。そして、75才を向かえたら、次に何をするかを考えておかないと、人生最後の楽しみな時間を無駄にしそうだ。

byPixabay oyster-989182

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殻付きの牡蠣を80個ほどむいた。初めて牡蠣の殻むきをしたもので、最初のうちは傷だらけの牡蠣の身であったが、慣れてきたのか何とかきれいそうに見える程度までむけるようになると、それが面白く、思わずぺろりと食べたくなるが、加熱用の海から上げたままの牡蠣であるので、ぐっと我慢をした。

食べてみると、市販のパックに入った洗い倒したカキとは違い、さっきむいたのは、これが牡蠣の味だと思うほど旨味がたっぷりで、殻のまま残したいくつかは、焼いて食べ、その他はソテーとフライなどにしてたらふく食べた。少々手間はかかるものの、むきたての牡蠣は相応にうまく、食べる量がわからなくなる食べ方で、正月の再来であった。

まだ、しばらくは、「R」がつく月だ。

御厨神社の梅は 今年もきれいに咲き始めた

御厨神社の梅は 今年もきれいに咲き始めた

梅が咲き始めた。正月は、コロナ禍でモノトーンになっていた、梅の木が多く有名な地元の神社。何本もの梅のあでやかな色が境内を見事にし始めている。梅にもいろいろ種類があり、薄い色合いからぐっと深みのある色まで様々だ。冬の日に照らされている梅の花は、寒さを忘れさせてくれる。

毎年、寒い1月にも関わらず自然は時を読み違えず、下旬までには咲き始め、2月の中旬まで見事な境内の梅の木が咲き誇る。甘酸っぱい梅の香りが漂い、風のない陽の光を浴びての梅見は初春を十分に感じさせてくれる。梅は咲いたか桜はまだかいな♪ には、少し時間がかかるが、神社の梅が咲くと寒さの底は過ぎていて、まだ寒い日もあろうが日々春の暖かさを待つことができそうだ。

立春より早くも1月下旬には、自然は正確に咲き始め、今年も春が近づいた。小さな神社の梅の木々ではあるが、深い紅色から淡い色合いまで様々で、寒い冬から春が見えてくるようです。
思いついたこと、日常でのちょっとしたこと、日々の出来事などをmini版で書いています。何気なく生活していると、心躍ることや残ることが出てくるもので、それを文字にしてみたく始めました。