非電化ローカル線を巡るドライブ

akirama 鉄道散歩 キハ40系を四季の景観の中に見る

智頭行 676D キハ120が駅に進入 その手前の転車台
キハ40系の最東端生息地が播但線であり、そして山陰本線や因美線に未だ国鉄時代の姿で元気よく走る姿を追いかけています。今回は、因美線のキハ40系生息地を一駅過ぎた、岡山県に入った初めての駅で美作河井駅に行きます。
ここには、近代化産業遺産の人力手動式の車両を転回させる転車台が残っています。もちろん、業務での使用はすでに終了していますが、小さな手動式の転車台が見たくて、向かいました。
美作河井駅の転車台
この転車台の用途は、津山や鳥取からのラッセル車両の方向転換用です。昭和初期のころのラッセル車でしたから現代のものと比較にならないような小型だったのでしょう。そのラッセル車の向きを変えて、再び除雪に向かうということだったのでしょう。ですから、現代の車両では、とても収まり切れない長さ12mの転車台です。
C10やC12などの小さなタンク式蒸気機関車にけん引されて、厳寒の冬季作業をした名残りです。
製作されたのは、明治期だと推測されています。因美線全線開業が1932年昭和7年なので、明治期に製作された転車台は、どこからか移設されたものとされています。たいへんな労力で運んだのでしょう。
閑散とした山の中で鳥の鳴き声だけ、ふわーっとC12に押されたラッセル車が見えてくるような雰囲気です。

美作河井駅 本線以外の線路は除去された構内 1日上下で10便の駅

構内の北側に転車台はあった 鉄道遺産だ

転車台全長12mと小型だ これを人力で回して方向転換させた

機関車はプッシュプルだが、ラッセル車は、ここで方向転換

単純な構造だが、さすがにそれなりに頑丈そうである
松ボウキ橋梁
松ボウキのボウキは、漢字はネット上で表示されますが、PC変換では出ません。画像をご覧ください。
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全長97mの立派な鉄橋です。美作河井駅から津山方面への少し先にあります。大正から昭和初期にかけて作ったもので、当時はたいへんな工事だったのでしょう。
智頭急行線が開業するまでは、陰陽連絡線であった津山線因美線を長編成のキハ58系急行列車が、この鉄橋の上を駆け抜けていたのでしょう。勇壮な景観だったでしょう。今では、キハ120が単行でゆっくり走る姿しか見られません。
全長16mのキハ120だと、どうにもおさまりが悪い感じです。昨年、キロ47あめつちがここを走りましたが、見てみたかったですね。

松ボウキ橋梁の全容

津山行 675D キハ120 16m車両の単行はかわいらしい
追記:那岐駅周辺
別記事にあります那岐駅発鳥取行があります。朝の通勤通学時間帯に合わせているダイヤですが、これがキハ47の4連です。智頭駅で夜間滞泊をした車両が、キハ120しか走らない因美線智頭-津山間に現れます。
夜明けに、4連のキハ47が行先表示のない回送列車で那岐駅にやってきます。キハ47の4連も珍しいし、定期運用のために毎日回送されることも珍しいです。たぶん、定期ではここだけでしょう。
那岐駅から先は、津山管轄となります。県境が境界線で、ここに物見トンネル(3077m)があります。大した標高ではないですが、冬は積雪地域です。
美作河井駅に行くには、那岐駅からだと県道295号から県道6号と進みますが、この県道295号が曲者です。大きなSUVで走ろうものなら対向が来たら苦労するジムニー道路です。冬季は積雪通行止めになり、県道6号とて物見峠含めて狭路です。かなり、ご注意ください。退避個所を確認しながらの走行ができないなら、避けるのがよいでしょう。津山からのルートが正解です。
キハ40系シリーズ 因美線の小さな駅からキハ47の4連が始発のページ

3672D 津山から智頭への快速キハ120 朝一番列車です

那岐駅に回送中キハ47 4連 那岐から654D鳥取行
あとがき
鉄道写真を撮るに、その路線の列車に乗って目的地に行くと臨場感あふれるものになりますが、もう無理ですね。減便が進み、この美作河井駅だと上り下り各々6列車/日で、5時間何も走らない日中の時間帯があります。ですから、どうしても車で移動をすることになります。おまけに、青春18切符が事実上の機能不能のようなことですので、ローカル線で旅をするなど、かなりエリアが限定的で難しくなりました。
車だと時間的に優位に走れますが、ビール片手に列車でのんびり行くことが、かなわない時代です。